映画館で、
火災報知器が鳴ったとして、
何人の人が
立ち上がるでしょうか?
たぶん、
「 0 」。
おそらく、
「 火災報知器の誤作動じゃ?」
「 火災訓練?」
「 まわりがあわててないから大丈夫?」
て、勝手な解釈してると思います。
コレが、
まわりに一人もいない状況ならどうでしょう?
きっと、
すぐさま立ち上がって、
出口に向かっていることでしょう。
街中を歩いていて、
目の前で倒れている人がいたら、
どうしますか?
周りの人がいて、
その人に寄っていたら、
自分も手伝いませんか?
人はたくさんいるのに、
誰も寄って行かなかったらどうでしょう?
寄るのを躊躇しませんか?
逆に、
まわりに誰もいなかったらどうです?
自分から寄って行きませんか?
人は
まわりの人たちによって、
その行動が制御されます。
その行動が
正しいか、間違いかは
関係ありません。
冷たい人?
継承名はロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ(Romuska Palo Ur Laputa)。
今回、
◉ 人が理性を失う時
と題してますので、
「 傍観者効果」も含まれます。
また、
「 冷たい人たち 」
でブログしてましたので、
ご参考に!
3) 傍観者効果
授助が必要な人の周囲に傍観者が多数存在することによって、本来迅速にとられるべき援助行動が抑制されることが知られている。
1964年-ニューヨークで、女性が夜道で襲われ乱暴されたとき,その叫び声と助けを求める声を大勢の人が耳にしていながらも、誰も被害者を助けようとせず、結局その女性は殺害されたという事件があった。
このようなことがなぜ生じるのかを、ラタネとダリィ (Latane & Darley, 1968) は実験的に検証した。
実験中に火災報知機が鳴ったり、隣室の人が発作をおこす(演技)という実験場面を設定したところ、実験参加者が一人でいるときより複数いたほうが、通報が遅れたりまったく通報されなかったりするのである。
これは傍観者効果(bystander effect)と呼ばれている。
傍観者効果が生じる原因として、自分一人が見ていて助けなかったら責任は自分だけが背負うことになるが、多く人がいる場合には助けなくても、責任が分散し自分一人の責任ではなくなると考える「責任の分散」、
もし行動を起こしても, その結果に対して周囲から否定的計慎が起こるかもしれないと考える「評価懸念(聴衆抑制)」、
他の人々が収き的に行動しないので、事態は緊急性を要しないと考える「多数の無知(多元的無知)」
の3つが考えられている。
( 人格心理学 大山泰弘著 参照 )
あんまり
なにもかも
人の目を気にしてると
自分がなんなのか
わからなくなりますよ?